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logとか突発的に書いたものを掲載しています。

debolezze

「なぁなぁ。アルディーニ」
「ん?」


クラスメイトに呼ばれた僕(イサミの方ね)は、彼に手招きされて身を屈めるよう指示される。
その指示の理由が分からなくてキョトンと固まったままでいると、お前の兄貴に見付かりたくないんだよと言われて納得がいった。


兄ちゃんはやはりと言うべきかかなりの妬き餅焼き屋だ。そう、かなりの。
僕が同級生と話しているのを見ただけで逆上して乱闘騒ぎにまで発展した過去を思い出して溜息が出そうだ。

兄ちゃんは喧嘩なんてしなさそうな美丈夫に見えがちだけれど実際腕力が強い。
料理にしたってあの巨包丁を難なく使いこなしていられるのであるから当然と言われればそれまでだが。
僕の方が兄ちゃんより一回り身長も高いし体格も良かった時などは兄ちゃんの意外な腕力の強さには七不思議のような捉え方をしていた。
けれど今となってはそれも当たり前になってきている。


「それで、此処まで用心して僕に何かあるの?」


暗に揶揄も含んで発した言葉だ。きっと特別な要件なんだろうと妥当が行く。
クラスメイトは笑いながら教壇の中で隠れる僕に(彼もだが)一言、「可愛いな、お前」とだけ言った。
ぞわりと寒気が走り慄く。


「あ!誤解すんなよ!?今のは弟がいたらこんな感じなんだろうな、って意味で…あ―――――離れるなって!!!!」


他のクラスメイトが見たら若い男子二人が教壇の中で戯れる図は如何にも滑稽だろう。僕は早くこの状況を脱したくて彼の本当の要件を聞き出した。すると。


「お前の兄貴の弱点って何?」


と意外にも(?)健全な悪戯っ気を含む内容に胸を撫で下ろした。


「弱点って、言われても……」


僕は兄ちゃんが何より大切な人で特別だから兄ちゃんに危害を加えようとする奴なら許さない。そんな心情が顔に出ていたのかクラスメイトは否定した。


「俺の彼女がさー、お前の兄貴のファンクラブに入っちまったんだよ。あいつを取り戻したくてだな…」
「つまり、兄ちゃんの魅力の上を行きたいの?」

そんなの。

「無理だと思うけどな」

兄ちゃんは完璧な料理人だ。幸平君に負けたとは言え、苦手な料理なんてないし何でも卒なく熟す。そんな兄ちゃんの上を行く事なんて僕には考えられなかった。
それに悪いとは思ったが、目前の凡庸なクラスメイトにそんな器量はない気がする。欲目かも知れないけど。


「頼むよ!其処を何とか!!!!料理以外だって良いんだ!つか俺にはあいつ程の料理の才能なんてないしさ!」
「………」


さて。どうしたものやら。兄ちゃんの苦手なもの、嫌いなものと言われれば思い付くのが。


「幸平君とか美作君とかかな」


幸平君は兄ちゃんが彼に敗北して以来、ライバル視しているし美作君は生理的に受け付けない(僕もだけど)ストーカーだ。


「あのな……例えば苦手科目とか分野とか」
「?ないよ?」
「は!?」
「だから、勉強。僕より兄ちゃんの方が出来るんだ。当たり前でしょう?」
「じゃ、他に隙入るものって―――――」
「そんなものはないな」
「「!?」」


ドキリとする。クラスメイトも話題に昇っていた相手の思わぬ声に反射的に震えた。恐る恐る顔を上げると其処には。


「よう。お楽しみのところ、悪いね?用事が済んだなら俺のもの、返してくれるよな?」


眉間に皺を寄せて仁王立ち―そんな野蛮な姿勢も様になっている―タクミ=アルディーニ。

僕の兄ちゃん。その人が全く笑ってない青い瞳でクラスメイトに挑発していた。
彼も渋々、と言うより危険を察知して、僕を解放してくれた。グイッと思い切りの力で僕の腕が引っ張られて教壇の下から真ん前の兄ちゃんの側に引き寄せられる。


「……こんな事に俺達を振り回されるのは迷惑だから言っとくが」


其処まで切って、兄ちゃんは思わぬ事を口走る。


「俺の弱点は過去も現在も未来も変わらず、恋人である弟だけだから」
「………へ?」
「ちょっ、兄ちゃん!??」


かあっと顔が火照る気がしたのは錯覚ではない筈だ。
クラスメイトの間抜けな返答も曖昧にして僕を引っ張り続け教室を出て行こうとする兄ちゃん。まずい。非常にまずい。


「っ、…ごめん、またね!」


後の噂が怖くなり、僕は後ろを一瞬向いてクラスメイトに謝った。
ピシャン!と扉を閉める音がやけに鋭く聞こえた。

兄ちゃんは無言で僕を引っ張り先導して何処かへ行こうとしている。途中、訳あり顔で僕らを見る顔見知りの人達にも会ったけれど僕達二人は無言のまま。


着いたのは、寮室内の僕達専用の個室。
そのドアを乱暴に兄ちゃんは開けると、僕をベッドに押し遣った。ドサリと言う音とベッドが軋む擬音が聞こえた。
兄ちゃんは怒声を孕んだ声調で僕を呼ぶ。


「……イサミ。何で俺が怒っているか解るか?」
「―――――うん……」


僕だって兄ちゃんが他の人と教壇の下みたいな密室での会話なんてしていたらきっとどうかしているだろう。


「そうか。なら、良い」


ザリッ、と音がして首の後ろに痛みが走る。爪で引っかかれたのだと漸く理解して、ハッとした。


「兄ちゃん!手……!!!!」
「?」


其処には兄ちゃんの指の腹から僕の血がした垂れていた。
料理人にとって手は命だ。乱闘しても綺麗な儘で居て欲しかった兄ちゃんの手が………。


「そんな顔をするな。弟よ」


ペロリと、兄ちゃんは僕の血を舐め取る。ドクリと心臓が鳴った。


(なに…っ?何で?何でっ――――――――――!?)


「それはな」


兄ちゃんが無言のまま動揺する僕の心を読んで嗤う。


「お前の弱点も俺だからだよ」




意外な兄ちゃんの暴挙は、もうこれ以上は僕の口からは言えない。



end.




(弱点)>>google翻訳より